報 告

 第14回大分緩和ケアの夕べ

日   時  : 平成19年10月17日(水)
場   所  : 全日空ホテルオアシスタワー 4階 孔雀の間
参加人数 : 244名 
         医師 41名、看護師 179名、薬剤師 16名、その他 7名 

 今回の第14回の緩和の夕べは244名もの多数の参加者が来られ、1回目を除けば過去最高の参加者であった。特に多くの医師が参加し、医師の意識の高揚が伺われた。これも今回の演者が久留米大学緩和ケアセンターの福重先生であり、その内容ががん性疼痛のコントロールと鎮静であった。鎮静については多くの質問があり、その関心の高さが伺え、熱心な討議が行われた(文責:山岡憲夫)。


 【 講演内容 】


『がん性疼痛コントロールと鎮静について』

演者: 福重 哲志氏(久留米大学病院緩和ケアセンター)



 【 講演要旨 】

[ がんの痛みのコントロールについて ]
〇 痛みを信じること
 患者が訴える痛みを信じることがまず大切です。そして、がんの痛みにはすぐ対処することが必要です。

〇 日本のがんの現状を知ること
 日本では男性の2人に1人、女性の3人に1人が一生の間にがんになる。年間60万人が発病し、32万人ががんで亡くなっているという現実があります。

〇 画像検査結果を見ること
 ほとんどの患者でCT、MRIを始めとする画像検査がなされています。患者の訴える痛みと画像検査を結びつけて考えると痛みの理解とコントロールに役立ちます。

〇 医療用麻薬に対する偏見を捨てること
 どうしてもまだ医療用麻薬に対して中毒,呼吸抑制,耐性などの偏見を持つ人がいます。医療用麻薬の使用に対する患者の不安に対処するためには、まず医療者側が医療用麻薬に対する偏見を完全に捨てることが大切です。

〇 WHO方式鎮痛薬使用の5原則を熟知すること
 1.経口的に 2.時刻を決めて規則正しく 3.徐痛ラダーに従い効力の順に 4.患者ごとの個別的な量で 5.副作用対策をしっかり という5原則を良く知り応用することががん性疼痛コントロールの基本です。またこの原則は非がん性疼痛にも応用できます。

〇 がんの痛みのコントロールに使用する薬剤は医療用麻薬、非ステロイド性消炎鎮痛薬(アセトアミノフェンを含む)、鎮痛補助薬の3種類しかないこと
 それぞれの薬剤には多くの種類があるけれど、基本的にはこの3種類しかありません。それぞれの薬剤の特徴を知り、使い分けることが必要となります。

〇 消炎鎮痛薬の使用では胃腸障害、腎障害に対する注意が必要

〇 医療用麻薬ではオキシコンチンが主体となると思われること
 オキシコンチンには徐痛ラダーの第2段階から使用でき、腎障害で使え、神経障害性疼痛にも効果が認められ、モルヒネに比べてせん妄などが少ないという利点があります。加えて速放製剤としてオキノーム散が発売されました。また、オキノーム散は簡単に水に溶解でき1日4回投与で経管投与も可能です。等鎮痛用量であるMSコンチン60mg、オキシコンチン40mg、デュロテップパッチ2.5mgの薬価を比較するとオキシコンチンが最も安いというのも利点の一つです。

〇 デュロテップパッチの利点欠点を知ること
 食事が十分に取れない,食欲がない患者には経皮吸収製剤であるデュロテップパッチは大きな利点を有します。貼付から効果発現までに時間がかかり、除去後も長時間作用が持続します。微調整が困難であるなどの欠点を有します。
 10mg以上の高容量では効果が頭打ちになります。10mg使用時、レスキューとしてフェンタニル0.1mgを点滴してみて効果を認めれば増量してもよいと思います。効果が認められなかった場合は、デュロテップの増量は効果的ではありません。

〇 レスキューの重要性を知ること
 がんの痛みには突出痛と呼ばれる急に痛みが強くなる状態があります。この突出痛に対して使用する薬剤のことをレスキューと言います。医療用麻薬を経口投与している場合には1日量の1/6量を目安に同じ成分の速放製剤を投与します。デュロテップの場合にはモルヒネの速放製剤かオキノームを投与します。医療用麻薬を持続皮下注あるいは持続静注している場合には1時間分早送りします。
 痛みを生じることが明らかな動作をする場合には、事前に予防的にレスキューを投与することも大切です。
 定時投与の医療用麻薬を処方する場合には必ずレスキューも処方しておきます。

〇 オピオイドローテーションの意味を知ること
 医療用麻薬の副作用対策や患者の生活の質の向上のために別の種類の医療用麻薬に変更することをオピオイドローテーションと言います。主にモルヒネの副作用回避のために行われることが多いです。食欲がなくなったためオキシコンチンからデュロテップに変更することも含まれます。オピオイドローテーションのためには等鎮痛用量を知っておくことが必要です。

〇 医療用麻薬処方にあたっては副作用対策をしっかりすること
 嘔気・嘔吐と便秘対策をしっかりすることが大切です。嘔気・嘔吐に対してはノバミン、セレネースなど。便秘に対しては便軟化剤と腸刺激剤を組み合わせて用います。

〇 鎮痛補助薬について知ること
 医療用麻薬をモルヒネ換算で1日120mg(オキシコンチン80mg、デュロテップパッチ5mg)投与しても痛みが軽減しないような場合には鎮痛補助薬の使用を考えます。鎮痛補助薬は神経障害性疼痛で用いられることが多く、神経障害性疼痛が明らかな場合には早期から医療用麻薬と併用してもかまいません。鎮痛補助薬は効果発現までに時間がかかるものもあり患者に十分に説明して使用すべきです。また鎮痛補助薬自体にも副作用発現の可能性があるので注意が必要です。

〇 痛みのコントロール不良の時
 痛みのコントロールがうまく行かない場合には、初心に返り痛みの評価,痛み治療の評価を再度行う事が必要です。痛みについて患者と話し合い、丁寧な診察を行うと共に画像検査を再評価し痛みの原因について再評価します。コントロールに難渋する痛みの多くは神経障害性疼痛であることが多く、鎮痛補助薬の使用や神経ブロックが適応となる場合も多いです。

〇 神経ブロックが有用な痛みを知ること
 がんの痛みで神経ブロックが効果的な場合があります。膵臓がんを始めとする消化器がんによる上腹部痛、下腹部痛、直腸切断後の旧肛門部痛、入浴で改善する下肢痛、顔面部痛などが適応になります。神経ブロックを得意とする施設に相談することも大切です。

〇 がん性疼痛に対する放射線治療の役割を知ること
 放射線治療はがん性疼痛治療の大きな手段となることが多いです。特に骨転移による痛みにはがんの種類を問わず80%の効果があるといわれています。がんの痛みを放射線治療医に相談することも大切です。

〇 全人的な痛みの視点を持つこと
 がん患者は1人の歴史をもつ社会的存在です。このため身体的疼痛のみでなく,社会的疼痛、精神的疼痛、スピリチュアルペインと呼ばれる苦痛に直面しています。身体的疼痛以外の疼痛は身体的疼痛を増強し、コントロールを困難とする場合があります。このような場合には身体的疼痛以外の疼痛にも目を向けてケアにあたることが必要です。


[ 鎮静に関して ]
〇 鎮静の定義について知ること。特に安楽死との違いについて認識すること
 鎮静の定義は、苦痛緩和を目的として患者の意識を低下させる薬物を投与すること、あるいは苦痛緩和のために投与した薬物によって生じた意識の低下を意図的に維持することです。前者を1次的鎮静、後者を2次的鎮静と呼ぶこともあります。
 鎮静の目的は患者の苦痛の軽減であり、安楽死は苦痛を消失させるために患者の死を目的としています。目的の点で鎮静と安楽死は全く異なります。
 しかし、現象的には鎮静でも安楽死と変わらない状況(薬剤の使用開始からすぐに亡くなる場合)が生じる場合があります。この場合鎮静を実施するスタッフの意識のみが安楽死と区別される点であり、最も重要な点です。
 鎮静の開始にあたっては患者の同意、家族の同意、スタッフの同意があることが必要です。

〇 鎮静の倫理的背景について知ること
 鎮静が許される医療行為かどうかという重要な問題があります。安易な鎮静は患者の人としての成長の機会を奪うことになる場合があります。
 鎮静の倫理的背景として2重効果の原則が用いられることがあります。

〇 鎮静の必要性について知ること
 可能な限りの方法をつくしても、緩和できない耐えがたい苦痛は存在すると思われます。
 緩和ケアの技術が稚拙なため安易に鎮静を行う事は厳に慎まなければなりません。鎮静は緩和ケアの敗北であるという意識を持つことが必要であると思われます。

〇 鎮静期間が7日以上にわたった症例について
 久留米大学病院緩和ケアセンターで持続的深い鎮静期間が7日以上にわたった症例の検討では、これらの症例は身体的予備力はまだ残っていた症例であると考えられます。身体的苦痛を鎮静開始の理由とした患者では緩和ケアの技術が稚拙であった可能性があります。
 持続的深い鎮静を行った場合3日以内で旅立たれる患者が大部分です。こういう時期だからこそ鎮静が必要であったと言えると思います。このため持続的深い鎮静を開始する際にはご家族に平均すると3日以内で亡くなる事が多いと説明しています。

〇 鎮静が必要な状態を医原性に作らないこと
 過量輸液、終末期のステロイド使用の継続などは倦怠感の増強や、過活動性せん妄の原因になることがあり、言わば医原性に鎮静が必要な状態を作り出していると言えます。医原性に鎮静が必要な状態を作り出さないことが大切です。

〇 鎮静開始後の家族のケアについて
 鎮静に同意されたご家族でもその心は揺れ動いていると言うことを知っておく必要があります。これでよかったのかと自問自答されるご家族は多いものです。安楽死との区別が出来なくて罪悪感を持つご家族もおられます。ご家族の心情に寄り添い、鎮静の選択が間違いではないということを伝えて支持することも大切です。
 鎮静期間はご家族が患者の死を受容する為の時間であるとも言えます。

〇 悔いのない鎮静について
 鎮静は患者にとって生の完結の過程であり、家族にとっては死の受容の完成を促すものです。患者、家族、スタッフともに悔いのない鎮静を行う事が大切です。


  =質疑応答=
質問1)医師(呼吸器内科医):鎮静はいつから始めたら良いのか
応答:ここの患者さんよって違いがあり、患者さん本人や家族との話合いが必要である。

質問2):医師(外科医):一次的鎮静と、2次的鎮静があるが、一次的鎮静のつもりで開始しても、意識がさめないことがあるが、どうしたら良いのか
応答:その人にとって良い時間が必要で、一次的で覚めないときは、すでにかなり状態が悪化していると思われます

質問3)医師(内科医):鎮静を開始したら、鎮痛剤は減量するのですか
応答:鎮静剤は鎮静中もそのままの量で継続してください。痛みは感じますので。

質問4)医師(外科医):鎮静をしたら、命が短くなるのか、先生の講演では鎮静を開始したら3日ぐらいで死亡していましたが、
応答:鎮静して場合と鎮静しない場合とのいのちの長さを比較することはできませんが、鎮静にて命が短くなる可能性はありますが、差は少ないと思います。
                 (文責:山岡憲夫)